本田計一先生のアサギマダラ教室

8.移動についての雑感(私見)

8.移動についての雑感(私見)

本項は放談です。

a. 移動ルートへのPA植物の影響

アサギの実際の移動ルートは、会員各位のご尽力によってかなり解明されつつあるようですので、何も貢献していない私が口を 開くのは大変はばかれることですが、何かのご参考までということでご容赦下さい。

・私が居住する広島県の東広島にもヒヨドリバナの大群落が有りますが、開花期にアサギが立ち寄ることは殆どありません。 ただ、自宅裏の植栽フジバカマ(10株程度)には、10月上・中旬に少数の個体(実質、雄のみ)が訪れる。

・しかし、広島県北の山間部にはヨシノアザミ(+少しのヒヨドリバナ)がある程度まとまって咲く場所があり、そこには移動途中と 推察される個体(雌も多い)が9月初旬に少なからず見られる。

・一方、大阪府池田市の五月山にはヒヨドリバナの数はさほど多くないものの、毎年(10月中旬頃)かなりの個体(雌も)が訪れる。  このやや近く(高槻市)にかつて繁茂していたミズヒマワリには多数の個体が飛来したが、殆ど雄だけしか来ない (他の地域でも同様の様)。

・植栽されたフジバカマ(京都・水尾、山口・豊浦など)に来るものは、やはり圧倒的に雄が多いよう。

アサギがPAに対して感知感度が高いかそうでないのか、まだよく分かりませんが(要するに数キロにも及ぶ長距離誘引が有る得るか、 と言うこと)、ヒヨドリバナ類の花香が組み合わさると、短距離ではしっかり誘引されるのは事実です。しかし実験して観察する限り、 上空を飛んでいる彼らの基本的な飛行ルートを大きくねじ曲げてまで誘引する「力」はフジバカマにも無いように感じられます (勿論、株の数にもよるかとは思いますが)。

雄の捕獲・標識が圧倒的に多いのは、既に金沢さんも指摘され、皆様もご承知のように、フジバカマなどのPA含有植物は、 本質的には雄にのみ意味のある(と言えばやや言い過ぎで、雌にも防御の効果は抜群ですが)ものである、という理由に基づく ものと考えられます。

長距離移動することが適応的であるならば、当然雌も一緒に移動せねば意味がないわけですから (移動途中の交尾の例も標識・再捕獲データから知られていますね)、雌が多く捕獲される場所は、 本来の移動ルートの下に位置する場所と考えるのが自然かと思います。しかしPA植物がそこそこ有っても 必ずしも沢山集まる訳ではないことから、雄が大量に集まる場所も同様に、移動ルートに沿った(またはそれに近い) 場所と判断しても良いように思われます
(要するにPAのためだけに、トンデモナイ所まで飛んでいくことは無いだろう、との見通しです)。
尚、雌はPA含有植物に訪花することは稀ではないものの、PA含有植物に積極的に誘引されることはありません
(実験で確認済)。

【2014.4.1 金田 忍】 昨年秋の水尾では,9/24〜10/12までのうちの14日間標識を行いましたが,♀は0.57%(19/3346頭)と非常に少なく,特に9月中は 僅か0.02%(3/1234頭)でした.(♀19頭中14頭が交尾痕あり)
このことから推測すると,水尾は移動ルートではなかったことになります.水尾は登山基地にもなっているので,千回登山を目指す多くの 登山者から,山上の様子も積極的に情報提供を受けておりましたが,この年は例年になく山上(900m余)にアサギマダラが多いとの事でした. この夏の高温期間は10月半ばまで続いておりましたので,アサギの移動空間は低地ではなくて,高地(または高空)だったと思われます.

【2014.4.1 金田 忍】水尾のフジバカマ畑は水尾川(北から南へ流れる)の谷底近く(250mH)にありますが,集落(30戸)の周りは柚子畑で それ以外は見渡す限りの人工林(杉・檜)で,フジバカマが植えられるまではアサギマダラは殆ど見られない山地でした.

【2014.4.1 金田 忍】昨年の秋には群馬県以北で標識されたアサギが21頭水尾で再捕獲されましたが,全国で再捕獲された187頭の1割以上 を占めています. この割合はあまりにも高すぎるのです.標識期間は早朝から夕暮れまでアサギの動きだけでなく,地上の風とは反対側に流れてゆく雲や, 谷間に生じた靄がどのように消えてゆくか,野焼きの煙がどのように拡散されるかなどなど,光と陰,風と水気が演じる現象を眺めて 過ごしましたが,何の手がかりも得られませんでした.しかし,想像は大きく膨れ上がりました.

そんな折り,窪田宣和さんに教えていただいた本(ロボットで探る昆虫の脳と匂いの世界・神崎亮平・p43〜)に『風の中では匂いは 単純に拡散して連続的に分布しているのではなく,小さい多数の断続的な塊となって浮遊していたのです.この塊のことをフィラメント といいます.』という記載を見つけました. 1981年にミューリスというイギリスの科学者が証明したそうですが,大変気になる記載です.ウロコ雲がゆったりと流されてゆく様を 連想しました.PAを含めて匂いはあのように塊になって遠くまで流れてゆくのでしょうか.もし,そうだとしたらPAやフジバカマの香り は,そうとう遠くまであまり薄められずに流れてゆくことも可能かも知れません.前記の本(p46以降)には,「匂い源を 探索する行動は反射とプログラムからなる」として,♂のカイコガの探索行動が解析されています.
まず,匂いに行き当たると,
@ 匂いを受容している間,匂いが来た方向への直進歩行.
A 匂いがなくなると小さなターンから次第に大きくなるジグザグターンを繰り返して回転に移る歩行パターン.
この歩行パターンは一度起こると30秒以上,ときには数分以上にわたって継続します.
そして重要なことは,匂いを受容するたびにはじめから同じように繰り返されるという事です.(以下略)
(1992年に初めての論文を発表・神崎亮平)
 

【2014.4.1 金田 忍】フェロモンの誘引力についてはファーブル以来沢山の観察例や研究があります.PAはフェロモンによく似た物質と お聴きしたように思うのですが,フェロモンほどの誘引力は無いものでしょうか.かってのびわ湖バレイや水尾の様子を見ていると, PAの魔力的な誘引力なしにはあのようなアサギの群れ飛ぶ状態は考えられません.2013年秋の水尾のフジバカマ畑に一体何頭のアサギが いるのか, 10人ほどのカメラマンに畑の横の2mほどの高みにある農道にカメラを構えてもらい,私が網を振ってアサギを飛び立たせて観察・撮影 してもらったことがありますが,カメラマンたちは『3000頭はいた!』と言います.畑は2枚ありますので,2倍で6000頭になります. この数字は栗田さんの簡易推計法に当てはめて計算した生息数とほぼ一致しました.という事は,移動している状態ではなくて,夏季の滞在期の状態で あったことを示唆しています.

【2014.6.2 【asagi:022603】 金田 忍】びわ湖バレイにアサギマダラの大群が飛来しています.ヨツバヒヨドリの新芽や茎にストローを伸ばしており, 鹿が齧った茎には特に多く,一度に6頭捕獲したこともありました.捕獲した130頭は全部♂でした.途中の吸蜜には事欠かなかったようで,いずれの個体も お腹が膨れておりました.(腹がくちたら次はPAか?)下のイケマ平には多数の産卵が見られました.メスも来ているのです.
フジバカマの新芽はこのころ香りが強いので,刈り込んだ新芽を陰干しにして香料の原料にします.線香・アロマオイル・石鹸などに加工するほか, 薬草風呂・タンスの防虫に・袋に詰めてハンドバックに入れるなど利用されます.源氏物語の頃から,香り草として利用されてきた歴史があります.
ヨツバヒヨドリも新芽のころが香りが強いようで,沢山のアサギマダラが地面近くを這うように飛びまわっておりました.

我孫子の橋本定雄さんから個人メールを頂きました.2014.6.5付の【asagi:022615】についてもう少し詳しく知りたいという質問への回答でした. 非常に中身の濃い、メールありがとうございます。まずは、ご質問のマーキングポイントの標高ですが、1330m位です。 今回は、ここ数年夏に集結している、鳴沢村では無くて、ずっと東の富士吉田市での観察です。というのも、もたらされた情報は、北富士演習場の標高1400m位に アサギマダラが集まり、産卵もしていると言うことで出掛けたからです。滝沢林道のすぐ脇にイケマが成長し、その傍の草地のヨツバヒヨドリや テンニンソウにアサギは止まっていました。金田さまのヒントが無ければ見落とすところでした。写真を添付いたしますが、アサギは吸汁しているようでした。
今回は、ダーウィンが来たの取材がメインで、
1.アサギマダラのイケマへの産卵
2.イケマに産まれたアサギマダラの卵
3.アサギマダラの交尾
この3つが目的でした。1.と2.は何とか達成出来ましたが、交尾は無理でした。このため、マーキングは2の次となり、多くは出来ませんでした。 金田さまの捕獲は全部♂だったようですが、確かに雄が多いようです。しかし、♀も吸汁していました。 この時期に、こんなに富士山にアサギマダラがやって来ているとは思いませんでした。本当にありがとうございました。

b. 自力渡航の謎

未解決の最大の問題は、アサギがどのようにして海を越えて喜界島などにまで辿り着けるのか、という疑問だろうと思います。 私はまだ自身で納得できる推測すらできていませんが、漠然と、トカラ列島に点在する島々を中継地として渡って行ける のではないだろうか?と思っています。 明確な根拠のある推論ができないので、思い付く点を幾つか列挙して、ご参考にさせて頂きます。

・夜間飛行や海面上での休息、睡眠はあり得ないと考えられるので、毎日、どこかの島にでも着陸する必要がある。

・20度Cを超えるような高い気温では、まだ脂肪を持っている極めて若い個体でない限り、活動しない状態でも4,5日を超える絶食は (水分補給しても)雄には死をもたらし、雌には重度の運動機能障害(正常な飛翔が不能)を引き起こすことが分かっています。 これは本種が生来、大食漢で、基礎代謝量が高いためと推測しています。

・15度Cかそれよりやや低い温度では、気流に流されて滑空しているような状況なら(エネルギー消費が少ない)、 絶食状態でも7〜10日程度は生き延びられる可能性は有ると予想される(冬季の温室内での観察から)。但しこれは、 仮に蜜源が無くても島々を経由しながら移動を続ける場合で、「15度C以下」は上空の気温。

・途中で1,2回でも満足に吸蜜できれば、体力的には可能。

・離島まで遠距離移動せずとも、幼虫が越冬可能な場所は本土内にも沢山有るので、そもそも長距離移動する個体の割合はさほど 多くはないのではないか(どうしても長距離移動が注目されがちですが、全体の中では過大評価されている可能性があり、 大海を渡らない個体も多いのでは)。

・喜界島での再捕獲個体が多いとは言え、移動途中でかなりのものが死亡すると仮定すると、一部の元気な、幸運な個体のみが 辿り着けているのではないか。

【2014.4.1 金田 忍】 なんら根拠はありませんが,アサギは風に飛ばされて生きている生き物ではないかと思って18年間を過ごしてまいりました. 日本列島には,春から夏にかけて南風が良く吹き,秋から冬にかけては北風が多いのです.
ライアル・ワトソンの『風の風物詩(上)』(河出文庫1996・p324〜) には,アメリカの昆虫学者・ペリー・グリック(1939)が,みずから年代ものの複葉機で1456回・1119時間・高度4800mまでの飛行で 33.934匹の標本を集めたと紹介されています.私たちは水中は生物圏であると認識していますが,空中には一時的に滞在する生き物は いても,生物圏ではないと思っています.しかし,前記の研究によれば,『真夏はたいていどの日でもルイジアナ上空の高度4300m以下の 空中には,地面一平方キロ当たり約1400万の昆虫が漂っていたことがわかった.』(1963)とあります.この昆虫たちは,夜になったら 落下するとは思えません.アサギが風に乗って飛行中に夜になったら落下するかどうかの検証は高調波レーダー使用等の調査なしには 考えられませんが,その日を待つしかないのでしょうか.

【2014.4.1 金田 忍】アサギが地上の気温が20°〜25°の気温帯で生活していることを考えると,移動時期の気温もその前後になるものと 思われます. つまり,低温障害がおこるような高度には上がらないということです.逆に高温障害が生じるような環境には棲まないで北あるいは高所 の冷涼な地へ移動し,日中の陽ざしのきつい時間帯は涼しい森の中で休んで過ごしますが,これは移動の途中でも変わらないものと 考えます.しかし,この行動の証明も難しそうです.

【2014.4.1 金田 忍】アサギの生活適正体温は31℃前後(2013・金田)のようですが,高温には弱いとしても,低温には結構強いようです. しかし,気温13℃ではなんとか飛べるがまだ蜜は吸えないでいるのを何度か見ました.(水尾2011〜2012年秋・毎朝6時からの観察) 多分求愛,交尾等の繁殖につながる行動も低体温では出来ないものと思います.

*アサギの強い移動習性は間違いない真実としても、レアケースに過度に注目することなく、本種の生態をより正確に理解するための 地道な調査が大事かな、と感じるところです。

オオカバマダラで一部試みられているような、高調波レーダー(注:後記)(ヒョウモンモドキのような小型種にも搭載して、数年前から行動が 調べられている)を駆使した行動解明の試みを、日本でもそろそろ検討してみるべきでしょうか?

  勝手な事を書かせて戴きました。
以上で、私の一連のメールは終了とさせて戴きます。
長々と最後までお読み戴き有り難うございました。何かご異論や質問が有りましたらメール願います。
ただ、諸事情によりすぐにご返事できない場合も有りますので、どうかご予め容赦下さい。

本田計一

[asagi:022434] Re: さまざまな疑問(2014.1.15)
前回、「微小発信器」と書いてしまいましたが、私の思い違いで、レーダーを使った手法です (論文を斜め読みしているとこんな事がよく有ります)。 チョウの背中(胸部)に重さ12mg,長さ16mmの双極アンテナを装着して飛ばし、これを高調波レーダー(Harmonic radar) で追跡するという 方法で、最初はイギリスでミツバチの行動解析に使われましたが、その後、チョウでもコヒオドシとクジャクチョウに初めて応用されて います。 かなり軽く、アサギなら体重の数%程度でしょうから、装置が有ればアサギでも可能なはずです。が、アンテナの装着がやや面倒そう なのと、そこそこの費用が掛かりそうなのが気になります。それに高所での追跡となると、確かに「エンジン付きハングライダー」 などにレーダーを積み込んで長時間追いかけねばならない可能性があり、これも結構難儀な気がしますね。 オオカバではセスナ機(?)で追いかけていたように思いますが、いずれにせよ、簡易な飛行ビークルは必須アイテムでしょうか。 (本田計一)