本田計一先生のアサギマダラ教室

6.移動中の精子の生死,移動の意義 

6.移動中の精子の生死、移動の意義

<アサギマダラは殆ど交尾して産卵しながら移動して、大きな移動のものは未受精卵も30個以下で多くは遠くへの移動で種拡散の 任務はあまり果たせないのではないかとも考えられます。>(asagiMLからの引用)
<アサギマダラの移動中は気流に乗ったりした時は仮死状態かも知れませんし、そんな時は♀は低温で受精嚢内で保存されている精子は 死滅の可能性が大きいです。多分無精卵ではないかと考えられますので、是非産卵させて飼育して確かめていただく必要があります。 そんなことを考えるとアサギマダラは種の拡散ではなく、移動を続ける動機がますます分からなくなり、遺伝的な刷り込まれた行動を たどっているとしか思えないことですね。>(asagiMLからの引用)

[雑感] 恐らくご自身の「理論」に基づいての推察かと思いますが、実態とは異なっていることを以下に指摘しておきます。

*秋季のアサギの南下移動の際には、かなりの雌は途中で交尾し、産卵も行いながら移動していく、と言う点については、私も同感です。 これまでのアサギメールの標識・再捕獲データからもそれが伺えるように思います。 捕獲地域や時期、年度によっても一定しませんが、私の経験では、中国地方山間部(中国自動車道沿いのエリアや広島県最北部など) で秋季に捕獲する雌については、9月上旬頃では未交尾個体がかなり見られる場合がありますが、10月半ば頃に、より西方で捕獲する 個体は、幾分未交尾のものが少ないようです。 一方、同時期(10/中旬)に大阪府池田市に現れる雌や、11月に高知県室戸岬で見られる雌は殆ど既交尾です。 恐らく移動ルートの違いも関係していて、すっきり理解できるデータではありませんが、ここ10年位の間見ている限りは略略一定の 傾向が見られます。また、室戸や喜界島の交尾雌(福島様からのご提供)の腹面先端部の鱗粉はある程度脱落しているものが少なくない ので(産卵を行った証)、移動途中の交尾と産卵は充分考えられることと思います。

*「未受精卵」とは卵巣内の成熟卵を指しておられるのでしょうか?  もしそうなら、仮に成熟卵は30個程度としても、卵巣内の未成熟卵はまだ沢山残っているのが普通です。実際、ここ20年間ほど、 移動途中や移動末期の交尾雌(100頭程度)から採卵した経験がありますが、少ない個体でも50卵ほど、多いものでは120卵以上も 産卵し、時間をかけて(2〜3週間)採卵すれば殆どの雌は80〜100卵くらいは産みます(因みに、3日に1回程度の頻度で採卵 すると、普通、1回に20〜30卵は産みます。但し、半日ほどかかりますが)。 一個体の生涯産下総卵数の詳細は分かりませんが、概ね200卵程度と推測されることから、移動中・後の雌が産む卵数もかなりの割合 を占めると考えられますので、遠くへ移動しての遺伝子拡散にも貢献していることは疑いないと思います。

[重複引用です]<アサギマダラの移動中は気流に乗ったりした時は仮死状態かも知れませんし、そんな時は♀は低温で受精嚢内で保存 されている精子は死滅の可能性が大きいです。多分無精卵ではないかと考えられますので、是非産卵させて飼育して確かめていただく 必要があります。そんなことを考えるとアサギマダラは種の拡散ではなく、移動を続ける動機がますます分からなくなり、 遺伝的な刷り込まれた行動をたどっているとしか思えないことですね。>

*私が知る範囲の行動観察・実験から判断する限り、アサギの「仮死状態」での飛行や、夜間飛行(気温も日中より低い)が可能 とは考えられませんが、上空ではある程度の低温に曝される可能性は否定できないでしょう。しかし上述のように、11月中〜下旬 に喜界島で採集された移動後と推定される雌から採卵しても、受精率や孵化率は初夏のものと特に差はなく、全く正常と考えられます。 勿論、その後の幼虫の成育、羽化にも異常は見られません。従って、現実としては、運良く元気に目的地(?)まで辿り着いた 母チョウは過度の低温履歴を受けている様子はなく(但し、アサギ雌体内の精子がどの程度の低温、期間で障害を受けるかについては 、まだ実験していません)、精子も正常なまま移動した、と考えられます。
つまり、産卵数や孵化率などから判断して、移動雌は確実に子孫を各地にばらまいて残しており、自身のみならず交尾した雄の遺伝子の 拡散にも寄与していることが分かります。

*アサギが 「遺伝的な刷り込まれた行動をたどっているとしか思えない」とのご意見は、移動が無意味な、非適応的な行動であるとの 仮説に基づいたものと思いますが、上述の事や、事項で書かせて戴く予定ですが、アサギが移動する(せねばならない)背景には幾つかの 明確な根拠が有ります。
過去(大昔)の形質が遺存的に残っている場合は有りますが、まだ再捕獲率が低いとは言え、これまでのおびただしい数の移動記録や、 日本を大きく東西に分けて見た場合の各エリアでの大まかな目撃個体数の季節変化は、大半の個体は春から盛夏には概ね東北方向へ、 また秋季には概ね西南方向へ、個体レベルにおいてもかなりの距離を移動していることを強く示唆していると考えます。非適応的な形質が 種の特徴的な形質として根強く現存することは進化学的に有り得ません。

*補足事項ですが、精子、特に雌の受精嚢内の精子の低温暴露の影響について、私の経験をお話しさせて戴きます。 八重山諸島に生息する数種のチョウについての大雑把な実験結果ですが、交尾雌(新鮮〜中汚損)を8度C前後にまる2日間ほど保存 した後、室温(20〜23度C程度)に戻しますと、飛翔能力は2日ほどでほぼ回復しますが、そこから採卵しますと、数種のチョウ では最初の20〜30卵は、全部または殆どが無精卵(死卵ではない)になりました。
具体的には、リュウキュウアサギは同処理の影響を事実上受けないようでしたが、スジグロカバマダラやヒメアサギマダラでは初期の 産下卵の全てが無精卵になり、ベニモンアゲハでは数卵のみ孵化しました。しかし室温で採卵を継続していくと、その後は正常な有精卵 のみになり、孵化幼虫も生殖能力を備えた正常な成虫にまで育ちました。
前回メールで書いたことと関連しますが、このことは、受精嚢内の精子の全てが恐らく均質な生理状態にはない可能性を示している ように思われます。全くの憶測ですが、"孵化"間近の有核精子は低温障害を受けやすいのかも知れません。

*アサギの交尾雌がどのくらいの低温処理で無精卵を産むのかを調べると、移動中の環境状況や飛翔高度を推し量るための有用な データになるかも知れません。簡単な実験ですので、どなたかチャレンジされませんか。尤も、かなり低い温度が示された場合は、 余り役に立たない可能性もあろうかと思いますが...

【2014.4.1 金田 忍】低温障害とは関係ないかも知れませんが,2012年秋と比べると2013年秋の孵化率が非常に低い結果が出ております.
両方とも11月初めに四国で採集した♀に,私宅(京都)の庭に地植えしたキジョランに産卵させたおよそ70卵ですが, 2012年秋はほぼ全数孵化したのに対し,2013年秋は3卵しか孵化しておりません.京都気象台の最低気温のデータで比較すると 2013年秋の方が若干低いので,産卵後の低温障害が原因ではないと思われます.3月中旬現在では残ったすべての卵が黒ずみ, 中には萎びたり,半分透明になったり,剥がれ落ちるものまであり,孵化は望めない状態です.交尾痕はしっかりあった と記憶しております.(2014年3月現在)