昨年は遊行期の二年目でしたが、辛い試練があったとはいうものの素晴らしい体験も有りました。
試練というのは二月のスキーによる大腿骨頸部骨折ですが、家族にも友人たちにも迷惑や心配をかけてしまいました。
しかし、優れた整形外科医やリハビリ師との出会いがあり、皆様に支えられて今ではスキーに行けるまでに回復しました。
その間に学んだ多くの知恵や知識は、今後の人生の健康管理に生かして行きたいと思っています。
体験というのは、水尾の里の藤袴園で地元の人たちと一緒にアサギマダラと遊んだことです。
柚子の生産地として知られる水尾の里は高齢化が進み、休耕田が目立つようになりました。
そこで『水尾・花いっぱいプロジェクト』が発足し、休耕田2枚に藤袴を植えたところ、驚くほどのアサギマダラが飛来したのです。
地元をはじめ多くの方々の支援を受けて、アサギマダラのマーキング調査をさせていただきましたが、
アサギマダラの生態や行動について、これまで体験したことのない、納得がいく観察が出来ました。
また、捕獲して標識した1147頭の中から、38頭もの遠隔地(鹿児島等)での移動確認があり、
秋の南下移動の実態としてデータを残すことが出来ました。
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暮れも近い頃、野村匠さんの葬儀のために宮津を訪れた。立礼しておられた息子さんは、私がお世話になっていた頃と
同じ年代で、容姿もそっくりなので驚いた。私の部屋には上司だった野村匠さんから頂いた【和顔愛語】の色紙が額に入れて飾ってあり、
その後40年間に及ぶ人生を支えてくれたのである。
【和顔愛語】の語意は「顔は穏やかに、言葉を大切にしなさい」という意味だと思っていたが、毎日色紙を見ているうちにどんどん
変化してゆき、会社を退職するころには『何があっても人を憎んではなりません。そうすれば本当の和顔が得られるでしょう。
自分の言葉には責任を持ちなさい。それが愛語の意味です。』と厳しいものに変わっていった。
私は数々の職場のいじめに耐えて来た。学校や社会には、いじめる人があれば、また、庇ってくれる人が現れていじけることは無かった
が、職場のいじめは陰惨だった。助けてくれる人が無いのである。【和顔愛語】の色紙は今でも私の部屋で私の人生を支えてくれている。
いじめの実態は、健康記録の一部としてしたためたものがこのホームページの隠し戸棚に仕舞ってあるが、見ることはできないだろう。
文末になったが、野村匠さんのご冥福をお祈りしたい。
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この秋のアサギマダラ再捕獲関連のメーリングリストによる情報交換もほぼ終わったようなので、私もデータを整理して
一応のきりをつけることにしました。
詳しい記録は
"水尾のアサギマダラ2012"をご覧ください。
宮武先生の『室内でのタオル効果』のメールに反応して書いた私の体験に対し、作り方を知りたいという要望がありましたので
末尾に写真入りで載せました。走れれなくなった老後もアサギマダラと遊びたいという遊び心から改良を重ねておりましたが、
一応の完成をみたようです。ただし、アサギマダラは走って追っかけるのが一番楽しいです。水尾では10日間も座って待って、「よう来た!」を
回しては捕まえたので、すっかり運動不足になってしまいました。
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秋に保津川べりの船曳道を歩くのが例年の習わしになっておりますが、途中には淵あり瀬あり河原ありで、去年は崖から墜落して
死んだばかりの鹿を見つけました。一昨年は銀杏の実だらけの熊の糞を写真に撮りましたが、ギンナンはそのまま排泄されておりました。
素手て触るとかぶれることがありますが、そんなものまで食わないと生きていられないのかと、可哀相な気がしたものです。
途中に胡桃の木が20本ほど群生しておりますが、実が落ちる季節になっても実が見つからないのを不思議に思っていたところ、今年は
その原因が分かりました。良く見ると樹の下は鹿の足跡だらけで、鹿が果肉を丸ごと食っていたらしいのです。
熊はいい加減に噛んで飲み込んでも排泄できるようですが、鹿は粒のそろった糞しかできないので、殻も噛み砕いているものと
思われますが、落果直後は種もいくらか柔らかいのでしょう。
観点を変えて、鹿の口が届かない岩の間や岩の下、崖の下などを調べたら12kgも見つかりました。有難くいただいて持ち帰り、
漁網に入れて庭で腐らせた後、苔寺の奥の谷川で洗ったらきれいなクルミになりました。干し上げて8kgほどあり、息子の家の
ストーブの前で孫と一緒に実をほじくるのを楽しみにしています。
毎年秋には福井県までなめこ採りに出かけておりましたが、なら枯れ病で枯れたミズナラが腐りすぎて、もうなめこが出なくなりました。
3〜4年前に枯れた地域になめこが出る場所をようやく見つけ、この日は7kgも採れました。しかし、クリタケは見つかりませんでした。
くりたけご飯が食べたいのです。
今年は特別に暑い夏が9月になっても続きましたが、果樹には幸いしたようで中でも柿は大豊作でした。2本の柿の木から
それぞれ200個あまり採取して、渋抜きをして食べたり、干し柿にしたりで今でも毎日食べ続けています。「柿が赤くなると
医者は青くなる」と言われているそうですが、健康には良いようですね。
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7月に手紙でご指導をお願いしていたところ、9月25日にメールでご返事をいただきました。約3カ月の間中国へ行っておられたのだそうです。
昨年の夏お目にかかった後、大崎先生は京都大学を定年退官になり、山形大学渉外部の国際交流推進担当教授に任用されたのだそうです。
お仕事は「山形大学の海外提携大学120〜130校から4校を選び、海外サテライトラボを作り、そこに滞在して、山形大学との国際交流を図る、
と言うものです。今年は、中国・吉林省・延吉市の延辺大学、ベトナム・ハノイのハノイ農業大学、ケニア・ナイロビのジョモケニヤッタ農工
大学、それに、ペルー・リマに検討中で、それぞれに、延べ3カ月間づつ滞在します。」との事でした。
有難いことに、海外どこにいてもメールを使ってお願いすればご指導いただけるとのご返事でした。
お尋ねしていた内容はアサギマダラの体温に関するものでした。アサギマダラの最大の謎は、なぜ命を賭けてまで海を越えての旅をする
のだろうというものですが、私はそのカギはアサギマダラの体温調節機構にあると考えておりました。ご返事は次の通りです。
@アサギマダラの体温を調べた研究はあるか : 分かりません。日本鱗翅学会、その他、チョウの専門家の研究会、
学会には今まで属したことがないので、私の目に触れたことはありません。
A調査するとしたなら、どんな道具と何頭ぐらいの検体が必要か:熱電対というものを用います。詳しくは、「生物調査研究機器を
取り扱っているHOGA」の保賀社長に相談してみてください。HOGA、京都市下京区夷馬場町30−7、075−371−7415.
ある条件内の検体は、それぞれ10匹があれば十分だと思います。
という事で、HOGAさんを紹介していただきました。
アサギマダラの秋の調査が一段落した10月の下旬にHOGAさんを訪ねて相談しましたところ、大崎先生のご紹介という事で大変親切に
アドバイスをいただきました。HOGA代表の保賀昭雄さんは、さまざまな生物調査機器を自ら考案制作され、その実績で
日高敏隆先生や四手井綱英先生、川那部浩哉先生、石井象二郎先生などとも子弟の関係にあったようです。
生態学、行動学の神さまみたいな巨人ばかりなので驚きました。
機器の見積もりをお願いしたところ「特別価格」で約10万円ほどになり、年金からの支出は難しいかなと思っていたところ、その資金は
保険会社から出ることになりました。
アサギマダラの夏の調査フィールドにしているびわ湖バレイが、入園者の怪我に備えて契約していた施設傷害保険の支払い漏れが発覚し、
スキーの怪我による後遺障害保険金が振り込まれてきたのです。10万単位の僅かな金額ではありますが、神さまがアサギマダラの体温調査を
奨励しているようで、とても嬉しく思いました。ついでに、エッジが0.5mmにすり減って、もう砥げなくなっていたスキーも新調しました。
来シーズンの調査計画を練っています。日向、日陰、標高、緯度などいろいろな条件下での体温測定が必要です。
「アサギマダラは体温調節のために移動する」という私の仮説が実証されるでしょうか。それにはやはり若い協力者が必要だと思っています。
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フジバカマの仲間の花には多くの種類の昆虫が集まるのが知られているが、中でもフジバカマとヨツバヒヨドリの花はアサギマダラに対して
特別に強い誘引力を発揮するようだ。
2011年の秋、京都市北西部の愛宕山の裏にある水尾のフジバカマ畑で観察されたアサギマダラの数の多さ(標識1147頭)には驚いたものだが、
長野県北部の山間部にある大町市のスキー場にあるフジバカマ畑(標識5023頭)や、高知県中央部の秋葉山の観察ルート沿いに植えられた
フジバカマ(香美市・香南市・標識5889頭)などでは群舞と呼びたいほどのアサギマダラが観察されており、何故、何処からそれだけ多くの
アサギマダラが誘引されるのかに興味が持たれている。
いずれの地でも圧倒的に♂が多いという特徴があり、かつ一昨年と比べると長野で2.5倍、高知では12.5倍の増加となっている。これはフジバカマ
の栽培規模および地形や風などと関連があるものと考え、長野県の増沢敏弘さんや高知県の山崎三郎さんに連携を呼び掛けている。
関連する私のレポートは下記にあるのでご参照ください。
フジバカマとアサギマダラ(2012.2.18)
京都・嵯峨水尾のアサギマダラ 2011
水尾のアサギマダラ・3日間の観察記録
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京都市内にある私の家の小さな庭には、数年前に四国から移植したキジョラン数本が繁みを作っています。毎年花は咲きますが3年前には結実し
て白く長い毛玉(ケセランパセランと呼ばれている)を付けた種子があたり一面に飛び散りました。しかし発芽はしませんでした。
自生している大阪などとはそう大きな気候の違いは無いと思っているのですが、京都ではキジョランの自生は見つかっておりません。
キジョランは常緑の植物でアサギマダラの越冬に必要な食草です。
アサギマダラは秋になると南下移動し、京都のあたりは9月下旬から10月初旬に通過します。この時期に産み付けられた卵は順調に生育し、
年内には羽化して飛び去りますが、12月に入ると蜜源花も少なく、はたして生きのびて子孫が残せる暖地まで辿りつけるか疑問が多いです。
このたびは越冬地の四国で産卵が見られる11月の初旬に、交尾の済んだアサギマダラの雌を3頭連れてきて庭のキジョランに産卵させて
経過を観察することにしました。
孵化した幼虫はキジョランの葉に円痕を作りますが、その数は70余りありました。気温の高い日には摂食しますが厳冬期にはほとんど静止
したまま過ごします。3月に入ると摂食活動も活発になり、ほとんどの幼虫が3齢になりました。生息数を調べるのですが、繁みの中なので
なかなか数が安定しません。多い時で37頭カウントしました。孵化数の50%以上の生存率です。
蛹化は四月下旬に始まり五月初めには終わりました。30頭以上が蛹化したものと思われますが、目に見える場所で蛹化したものが16頭ありました。
面白いことにそのうち10頭はサツキの枝にぶら下がっておりました。サツキの葉は蛹と色も形も大きさもよく似ており、擬態効果があるように
思えました。
五月中旬には2頭が羽化しました。残りの蛹も黒化が進んでおり、羽化が近いものと思われましたが六月に入っても羽化しません。不審に思って
よく観察してみると穴の空いた蛹が見つかりました。寄生虫にやられたのです。すぐに全数回収して網目の細かい飼育ケースに入れて寄生虫を
観察することにしました。
6月16日にすべての蛹からキアシブトコバチの発生が終わりました。中には頭部と胴部に2匹寄生しているものもありました。
京都での越冬は困難と言えるほどの高い寄生率です。
キアシブトコバチは日本全土に棲息するそうですが、活動期は3月から12月とあり、その間に世代交代を繰り返して数を増やしてゆくので、
アサギマダラにとっては蛹化が早ければ早いほど寄生される危険は低下するものと思われます。
詳しい記録は ここをご覧ください。
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