昨年は林住期から遊行期へ移行する節目の年でありましたが、ただひとつ残っていた鳥声録音の寄贈先が決まらなくて、
みなさんにご協力をお願いしておりました。
私が生涯をかけて録りためた鳥声録音は、京都野鳥の会の幹事・中村純夫さんのご紹介で、千葉県立中央博物館の大庭照代先生
が引き取って、博物館の収蔵物として活用し、
「夜明けの野鳥生態録音・金田コレクション」として未来に伝えて下さることになりました。
生物音声生態学の大家である大庭照代先生とカラスの研究で知られる中村純夫さんに心からお礼申し上げます。
このまま森が減り続けると、人類も森と共に滅びる運命にあると思うのですが、そのために何もできない私は、
せめてせっせと森に通い、森の心を聴く日々を過ごしたいと思っています。
年々衰えて山に登れなくなっても、心は森に住み続けられるようにと祈るしかありません。皆様のご支援をお願いします。
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***>スキーへの復帰 (2011.12.30)***
今日で5日目のスキー行でしたが、今春の怪我で衰えていた筋力もそこそこ回復し、違和感なく滑れることが
分かりました。やれやれ一安心というところです。
この冬は平年よりも気温が低いとの長期予報が出ており、再び仲間と共に滑れるのを楽しみにしています。
***今年のアサギマダラ(2011.11.11記)***
今日は2011.11.11と、1が6個も並ぶという珍しい日だとか、外は冷たい雨が降っているのでパソコンに向かって今年のアサギマダラの
データを整理している。
まず、びわ湖バレイであるが、チャンピオンコースのあの一画を鹿の食害から完璧に守った結果、開花は順調であったが、一斉に花期が
終わってしまい、標識出来る期間が短かったように思う。来年からは適度に剪定するなど対策を工夫する必要がある。
恒例の四国調査行は、一日少ない2泊3日で行った。目的のびわ湖バレイおよび京都・水尾からの移動個体の再捕獲はなかったものの、
他の地からの再捕獲は21頭もあり、標識総数は538頭と充実したものであった。
今年のトピックスは京都・嵯峨水尾の休耕田2枚にフジバカマ園が出来て、アサギマダラの標識調査を許していただいた事であろう。
標識総数は1147頭で、他地からの再捕獲は10頭あった。また、移動して再捕獲されたものは37頭もあって、今後さらに遠方で再捕獲
されるのを楽しみにしている。
9月24日から10月17日までの詳細は『京都・水尾のアサギマダラ2011』に収録した。
また、そのうちの3日間については、未明から夕刻までのアサギマダラの行動を観察し、
『水尾のアサギマダラ3日間の観察記録』に収録した。
***骨折の治療が終わりました (2011.9.30)***
大腿骨頚頭部骨折の治療は9月で終わった。骨折部位は完全に繋がって以前同様の強度に回復したから安心して生活するようにとの診断で
あるが、筋力等の運動機能の回復には更なるトレーニングの努力が必要である。
半年余り理学療法士によるリハビリ訓練を受けて来たのであるが老化との戦いという一面もあり、自分としてははかばかしく回復しているとは
思っていない。出来るだけ生活の中でのトレーニングを心がけているのでアサギマダラのマーキング調査などの山歩きや、草刈りなどの農業の
お手伝いにも積極的に出かけるようにしている。
バランスボール(ヨガボールとも呼ばれる)の利用は健康な皆様にもお勧めしたい。日常生活で椅子の代わりにバランスボールを使うのである。
家族には嫌われるが食事の時、テレビを観る時、パソコンに向かうときなど腹筋を鍛え、バランス感覚を養い、背筋を伸ばす効用がある。
また、内臓にも良い効果があるようで、私は三日で便通が良くなった。下腹部の筋力が衰えると排便力が弱まり、日に数度にも分けて
排便するという人の悩みにもバランスボールの使用をお勧めした。
ボールの直径はいろいろあるが、私の場合(身長160cm)は55cmのものが適当で、インターネットで購入すると、980円と意外に安価だった。
秋ともなればスキーの仲間たちは落ち着かないようで、道具の点検は当然のこととして、年内の初すべりの誘い、クラブからは総会の
お知らせなどがやってくる。私はそれまでにトレーニングを積んでシーズンを待っている。
***オオチャバネセセリとアサギマダラ (2011.8.12)***
セミの声が騒々しい農家の縁先で眼下に広がる田んぼを眺めていると、オオチャバネセセリがやって来て左手の拳に止まった。
早い梅雨明けに続いて猛暑が続いているので農家の人々はイチモンジセセリの大発生を警戒している。
私はポケットからコンパクトデジカメを取り出して撮影体制に入る。虫めがねモードで1cmまでの接写が可能である。
オオチャバネセセリはまるで産卵をしているかのように尾端を皮膚にチョコンと付けては数歩あるき、再び尾端を皮膚に
付けるという行動を繰り返している。
よくよく見ると、産卵ではなくて、尾端から体液を出しているのだった。
長い口吻の先で体液を皮膚に塗り広げた後、口吻で吸飲しているではないか。
アサギマダラが乾いたスナビキソウやフジバカマ、ヨツバヒヨドリなどからどうやってミネラルなどを吸飲するのだろうと
不思議に思って来たが、これに違いないと思った。詳細の写真等は
・・・(PDF)でご覧下さい。
***大崎直太先生との出会い (2011.6.24)***
鮎が沢山釣れたから持って帰らないかと電話をもらったので、びわ湖バレイの帰りに弟の家の前に車を止めて下車した
ところ捕虫網を持った人がこちらに歩いて来るのが目にとまりました。使い古したアルミポールの本格的な捕虫網で、
網以外は何も所持しておらず、その真っ黒に日焼けした風貌からますます気になってつい声をかけてしまったのです。
続きは(PDF)でご覧ください。
***コマドリと耳の老化 2011.03.23***
病院のリハビリ室から別棟の老人施設へ通じる長い廊下を、コトコトと杖の音を響かせながら歩行訓練をしていると、
遠くから気になる音が聞こえてきた。さらに近づくとそれがBGMの中の野鳥の録音であり、気になる音はコマドリのさえずり
である事が分かった。
まあ、何てひどい録音だろうと思った。コマドリ特有のあの明るさも、透明感も、転がるような軽快さもなく、
まるで錆びた空き缶を針金で叩いているような潰れた音だったのである。
それが自分の耳の老化に原因があるのに気がつくまでにはしばらく時間がかかったが、つい数年前までの夜明けの情景を
想いだすためには十分だった。今でも時々自分の録音を再生して聴くのであるが、
再生されるのは音だけではなく、風の冷たさ、空気の旨さ、森の香り、星が消えてゆく夜明けの空などすべての情感や記憶が
蘇ってきて、今の私には聴こえる筈のない高い音まで聞こえてくるのだった。もちろんこれは記憶が呼び起こす錯覚なのだから
他人の録音や自然音には通用しない。聴こえないものは聞こえないのである。
スキー事故による一カ月の入院・リハビリも、今週で終わる。病室の窓から京都西山を間近に眺めながら、
もう咲いているはずのショウジョウバカマ、間もなくやって来るコマドリなどの夏鳥、カタクリの花にギフチョウ、
そして山菜採りなど、春から初夏にかけての慌ただしい季節を、今年はリハビリをかねて楽しめたらいいなと考えている。
(2011.3.23 病室にて)
***SKI行脚 @ 奥伊吹 2011.01.04***
今シーズン4日目のスキー行脚ですが、初めて天然の雪で滑りました。天然とはいえ年が代わってからは降っていないようで、
上部でもところどころアイスバーンが現れていて、その上終日小雪がちらつき、ガスがかかって視界が悪く、
油断が出来ないコンディションでした。
このスキー場は内陸部にあり、標高もそこそこあるのに雪質が良くないのは多分琵琶湖で湿度を帯びて暖められた風が
雪を降らせていることと無関係ではないと思います。その上リフトのレイアウトが良くないことなどもあって好きになれません。
とはあれ、私が住む京都からは、びわ湖バレイの次に近いスキー場なのでやって来たわけです。
ゲレンデの頂上は標高1200mほどあるので風景を楽しみにしておりましたが、写真も撮れませんでした。
***SKI行脚 A びわ湖バレイ 2011.01.05***
ようやくびわ湖バレイにも天然雪が積もりました。人工雪のベースがあるのでびわ湖バレイとしては最高のコンディションでしたが、
今日も終日小雪とガスで、緊張して滑りました。視界が良くないときには何時でもストックが使えるように構えるので腕に疲れが残りました。
私は天候よりも雪質を優先してスキーに出かけますが、多くの人は風雪を嫌い、この日もリフトは待たされることなく乗れました。
正味3時間半滑りましたのでリフト乗車回数はおよそ50回、蓬莱ゲレンデは高差100m、リフト長500mなので、およそ高差5000m、
しんしんと積もる質量の大きな雪なので、従業員は張りきって翌日全コース・オープンに向けてゲレンデ整備を進めておりました。
去年は一度も開けなかった白谷コースが滑れるようになるのが楽しみです。
***SKI行脚 B びわ湖バレイ 2011.01.11***
日、祭日には使えないシーズン券で滑っている私は、連休明けを待って出かけました。白谷コースがオープンする9:30前から、
ロープの前で一番乗りを狙って待っていたスノー・ボーダーが飛び出した後、私は2番目で滑りこみました。圧雪の上に10cmほど
積もったバージンスノーで、スタート後間もなくガスも消えて視界が良くなってきました。約1kmの新雪コースをほとんど直線状に
走り抜けました。爽快な滑降でした。
SKI行脚 C おじろ 2011.01.12***
綾部の老人会(銀嶺会)のお供をして出かけました。天気予報でも降るとは言ってましたが、日本海が近いとは言え、これほど降るとは
思いませんでした。晴れ間なく降り続き、下山するころには50cmも新しく積もりました。その上濃いガスが時々やって来るので視界が
悪く、非常に疲れるコンディションでした。視界が悪くぶかぶかの雪の中、兵庫県中・高学校選手権の競技が行われておりましたが、
こんな天気では選手がかわいそうでした。
スキー靴のサーモインナーが、とうとう壊れてしまいました。3回が限度と言われていたインナーを、
手術で左右の大きさが変わってしまった足に合わせて5回目の焼き直しをしたところでした。視界が悪いとついつい後傾姿勢になり負荷をかけ
続けたので寿命を縮めたものと思われます。昼からは靴の中で足が泳ぐ状態になり、仲間について走るのが精一杯でした。
昨日、カンダハー京都店の中村店長に頼んでGARMONT FREERIDE XENAを足に合わせていただきました。
サーモインナーの新しい靴で滑る今日が初日です。
びわ湖バレイは山麓から見るとレンズ状の雲がかかっていましたが、ロープウェイを下りてみると視界は良くないが
風はそれほどでもないので滑り始めました。天然混じりの人工雪で非常に良く滑る状態でした。新しい靴は滑降モードに
セットすると、足首を少し前に倒した状態になり、膝を左右に振るだけでエッジがシャープに切れ、高速で安定して滑れるのが
分かりました。期待通りの良い靴です。
GARMONTは、冬山歩行モード、山スキーモード及び滑降スキーモードの切り替えが簡単に出来ます。
しかも加熱して足に合わせてきっちりとセット出来るので履き心地が良く、一日中履いていても疲れません。皆様にお勧めしたい靴です。
この冬一番の寒波で日本海側から中部にかけて大荒れなので、出発を一日延ばして17日の朝4時前に京都を出発しました。
中央道は除雪も済んでいて予定どおり11時前に野沢に着きました。ホテルサンアントンでは片桐幹雄さん(オリンピック・アルペン監督
ホテルサンアントン経営)が出迎えて下さって、荷物下ろしを手伝ってくださいました。
数日前から強い冬型気圧配位置になっていて、予報通り4日間とも晴れ間はありませんでした。時には深い霧(ガスと呼ぶ)や雪が降る中を滑り
ましたが、新しい靴に馴れるまで3日間かかり、4日目にようやくスカイラインをノンストップで走る事が出来ました。
ホテルサンアントンでは心のこもった家族的なおもてなしで、雪国らしい柔らかく歯触りの良いお野菜やキノコを使った手のこんだ
洋風のお料理を頂きました。全館マイナスイオン水を使っておられ、水が美味しいのでお酒を飲まない私は、夕食に5杯もお代りしました。
3日目(水)は従業員の休日で,ご子息の片桐健策さん(日本でも有名なアルペン選手)が車で近くの古民家の食堂『信濃百年』に送って
くださいました。
日本人は私たち3人だけで、オーストラリアの家族が10人余り一緒でした。お米が大好きな人たちで、ご飯が足りなくなって私たちはパン
で辛抱する羽目になりましたが、米食文化を褒めてもらっているようで悪い気はしませんでした。
いよいよ最終日です。ベルトコンベアで作られた長い『遊ロード』で日影ゴンドラ乗り場に上り、
その前のレストハウス サンアントンでスキー靴に履き替え、リフトで尾根を一つ越えた長坂ゴンドラで毛無山に向かいました。
標高1300m辺りから濃いガス(雲)の中に入り、景色も見えなくなり、視界が良くない
ので慎重に滑りました。私は新しいスキー靴(GARMONT FREERIDE XENA)の使い方がようやく分かって調子が出てきましたが、最後に標高差が
約1000mあるスカイラインをノンストップで滑った後、昼食を済ませて野沢を後にしました。
天気が良ければ北陸道で帰るのですが、今回は再び中央道です。松本の辺りから青空も見え、駒ケ岳SAからは南アルプスの連山が美しく
見えておりました。
***SKI行脚 F びわ湖バレイ 2011.01.24***
スキー日数は今日で14日目、びわ湖バレイでは8日目でした。10時ごろまでは山頂は濃いガスと強風でしたが、お昼ごろには青空も
時々顔を覗かせ、写真が撮れました。ハーフパイプが作られてから一度も使われたことがなかったのですが、今年は積雪が多く、人工雪
の設備も出来てオープンしました。
新しいスキー靴(GARMONT FREERIDE XENA)には、前の靴のインナーソールを入れてみたところピタリ
と足が収まるようになりました。もっと早く気が付くべきでした。
***SKI行脚 G びわ湖バレイ 2011.01.28***
びわ湖バレイ10日目です。弱い北西の風、マイナス6℃、小雪混じりでガスがかかっておりましたが、圧雪の上に10cmほど新雪がある
という絶好のコンディションで、存分に滑ってご気嫌でした。一度も太陽が顔を出さないので、写真が撮れなかったのは残念でした。
***SKI行脚 H びわ湖バレイ 2011.02.02***
スキー日数は今日で18日目、びわ湖バレイでは12日目でした。20日が目前になると次は30日と欲が出てきます。今日は時々青空が
顔を出すので写真を撮って歩きました。
下の写真は蓬莱山頂から南の展望です。上部中央の右が小女郎池で、手前は墓石です。
どなたのお墓か存じませんが、山の名前からはかって宗教の山であったこと、そして今もびわ湖バレイのゲレンデの大半が比叡山
延暦寺の寺領であることなどを考えると、多分この聖地で修業半ばにして亡くなられた僧たちを祀った碑かと想像しています。
***SKI行脚 I びわ湖バレイ 2011.02.14***
昼までは良いというのでやってきました。下の写真は山麓からのびわ湖バレイです。今年は久し振りに雪庇も出ています。
山上はマイナス8℃とか、良く滑る雪(氷?)でした。ほとんど待たされることなくリフトには30回ほど乗ったでしょうか。
すこぶる快調です。スキー日数は23日、びわ湖バレイでは17日になりました。このまま雪が持ってくれれば、私の生涯の記録を更新
出来そうです。
***SKI行脚 J びわ湖バレイ 2011.02.16***
朝から快晴の一日でした。白山が見える日は一冬に数えるほどしかなく、続いて能郷白山・金糞岳そして少し離れて伊吹山が
琵琶湖を覆う雲海の上に連なっておりました。
17日から20日まではスキーに行けないので、スキー靴についてのメモを
PDFにまとめて ここ におきました。お暇なお方はご覧ください。
***SKI行脚 K びわ湖バレイ 2011.02.22***
今シーズンのSKI行脚は、27日目の今日で突然お終わりになった。大腿骨頚部を骨折したのである。その経緯を詳しく
書き残しておこうと思う。
早めに昼食を済ませた私は、蓬莱パノラマゲレンデを2〜3本滑った後、リフトの北側コースから減速せずに急斜面を下り、
ダイナミックコースに滑り込んだ。それが余りにも爽快だったので、もう一本滑る事にして、白谷リフトで蓬莱山頂に戻り、
再びスタートした。
山頂からの中傾斜から急傾斜に入る時点でアルペンコースに人が居ないことが確認できたので、今度も減速しないで急斜面に
走り込んだ途端に右足のスキー板が外れ、意図したわけではないが、結果的にそのまま左のスキーだけで70mほど走り、転倒した。
その時空中で左の腰に「ボクッ」という感触があり、骨折を確信した。
声を掛けて下さったSさんの好意に甘えてパトロールに連絡していただき、そこからは見えない高みにある右スキーも拾ってきて
下さった。とても感謝している。
パトロールの二人にも傷害状態が診断出来ないままに、担荷で自分の車に搬入してもらい、弟に運転してもらい、車中から
連絡をとって洛西シミズ病院
への入院が確定した。病院ではこれまでも何度かお世話になっている石津先生が待っていて下さった。確かご自身もスノーボード
をなさると聞いた記憶がある。副院長で近隣の風評でも非常に評価の高い整形外科医である。
転倒時にも全く痛みがなかったが、レントゲン検査の結果、大腿骨頸部骨折と診断されて24日に手術をしていただいた。
回診時に石津先生は『骨折部のずれが大きかったので大変でしたよ』と写真で説明して下さった。自分では大した怪我ではないと
思っていたのであるが、だんだんと大怪我である自覚が増してきた。
事故原因について反省してみると、「スピードの出しすぎ」と「ビンディングの調整不良」が挙げられる。秒速10m
余りの速度で急斜面に入ったのはこの日四回目であったが、自身としては完全にコントロール出来ている速度であったと思っている。
しかし、スキーが外れるアクシデントは想定外であった。7日間もかけて靴を調整したにも関わらず、靴底のサイズが同じだからという
だけの思いでビンディングの調整をしていなかったのである。多くの方々に迷惑をかける結果になったが、これで挫けてはいけないと
退院後のリハビリ計画を、病室から京都西山を眺めながら考えている。(2011.3.4記)
さてビンディングの調整は正しかったのであろうか。昨日カンダハー京都店に持ち込んでテストしてもらったところ、やはり
十分な前圧がかかっていなかったことが分かった。少しのショックで解放される状態だったのである。靴を取り換えたら必ずビンディング
を調整しなければならないことを学んだのであるが、その代価は高すぎたように思う。(2011.4.10記)