老化というものは個体の問題ではなく、その部品が次々と耐用年数を迎えて、手当てか必要になってくることのようです。
昨年一年間を振り返ってみました・・・
***昨年の冬は,暖冬でほとんど雪が降らないスキー場泣かせの天候でしたが、病院通いに明け暮れました。白内障に続いて心臓アブレーションの手術がありました。
死ぬまでお世話になるつもりでいた歯科医のM先生がコロナで亡くなられ、歯の健康維持に不自由しています。
***春は, タケニグサの蔓延で諦めていたワラビの山"ダニば山"に異変が起こり、ワラビは12kgも採れました。セリは6kgの収穫でご機嫌です。
***夏は, 最高気温が5℃前後も高い日が9月初めまで続き、フジバカマは全滅の危機にあります。
私はというと、メラノーマの手術で一か月余り府立病院に入院して涼しいところで本を読んで過ごしました。
山極寿一さんと養老孟司さんの共著『虫とゴリラ』ですが、5回は読んだでしょうか、読めば読むほどに味が出てくる本です。
***秋は, アサギマダラのマーキング調査はフジバカマの全滅で振るわず、マーキング調査に参加して以来最低の111頭の標識に終わりました。
鹿の食害で山野に花が少なくなり、防獣対策をしたうえで誘引植物を植えないとアサギマダラは明るいところに出てこないのです。
***健康に関するトピックス, 心臓アブレーションおよびメラノーマの後の治療が続いています。
オプジーボには副作用が多いそうですが、せめて靴がちゃんと履けるようになりたいものです。
***死ぬまで元気で!, 残された老後を、最後まで楽しく生きるために「毎日体操」を続けています。毎日続ける事が大切なのだそうです。
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オプジーボの副作用と思われる、ひどい慢性の下痢から脱却して日常の生活が戻ってまいりました。
一生治らないかも知れないと、医師からは悲観的な診断を受けていたのですが、試しにと言って投与した過敏性腸症候群における便通異常(下痢、便秘)に使われ
る 『コロネル細粒83.3%』が、劇的に効いて、服用したその食後からピタッと下痢が止まりました。(12/17から服用開始)
それだけではありません。昨日、再び下痢が始まったので、クリスマスに食べた唐揚げとモモ肉が悪かったのかなと一旦は思ったのですが、
昼食後の薬も服用を忘れているのに気が付きました。もちろん直ぐに服用しましたが、それ以後は下痢は止まっています。
irae 腸炎については先に書きましたが、その原因が脳下垂体前葉から分泌されるホルモン6種のうちの2種の産生機能が破壊されるために起こる異常とのことで、
一生治らないのだそうです。
担当医師に報告するのを楽しみにしています。
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京都西山の山腹に造った小さなフジバカマ花壇で、この秋のアサギマダラの南下を観察しました。標識数は670頭でしたが、驚くほどの数字です。
670頭の中には、中部・北陸地方以北の越夏繁殖地で標識されたものが大半でしたが、兵庫県宝塚市の武庫川河川敷で標識され、北上してきたものが3頭も含まれていました。
10月16日まで続いた夏日や真夏日で、南下を渋った結果だと思います。
踵を失った私は、歩くのが苦手で苦痛でさえありますが、一方、一日に一度は汗をかくほどの運動をしなければ健康維持が難しいので、休耕柿畑を借りて、樹を伐り、根を掘り、
石を取り除いての、いわゆる開墾作業は結構楽しいものでした。地下の世界には、いろいろな生き物が沢山いて驚くことばかりでした。
話をアサギマダラに戻しますと、670頭に標識して放蝶したわけですが、その中から約3%にあたる20頭が他の地で再捕獲されました。一番遠くで再捕獲されたのは、喜界島でした。
喜界島は奄美大島の東隣にある小さな島ですが、大枝からの距離は939kmもあります。
再捕獲の通知は、asagiメーリングリストで直接メイルで届くもの以外にも、会のホームページである『アサギマダラ・マーカーの広場』への画像の投稿、
facebookへの投稿など多様化してきました。対応に結構時間を取られます。
調査の詳細は下記をご覧ください。
京都西山・大枝のアサギマダラ2021(2021.11.25)
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およそ1年前のメラノーマの手術と、それに続くオプジーボの治療にキリをつけて、ようやく日常が帰ってまいりました。オプジーボの副作用に耐えきれなくなって
治療を中止し、半分の期間で中止したものです。
今になって気が付いたのですが、私にはオプジーボは必要なかったのかもしれません。10年前にメラノーマの切除手術をして、10年ぶりに再発したのですから
90歳まで元気でいられたらいいと思っている私にとっては、余分な治療だったのです。
抗がん剤の副作用はきついとは聞いていましたが、まさかこれほどとは思っていませんでした。舐めてかかったり、ノーベル賞に惑わされたりしての一生の不覚でした。
秋までには体力を回復し、アサギマダラの南下シーズンを迎えようと努力しています。
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多くのお寺の門前付近には伝道掲示板があり、最近気になる文言が多いので写真を撮ることにしています。上記の文言が気になり、心に焼き付いたのは
昨年師走に入って間もないころ、近所に住むUさん宅を訪ねる途中にあるお寺の門前の伝道掲示でした。その頃彼は大学教授で、野鳥の会・鳥声録音・アサギマダラ
などの共通の趣味も多く、私の車であちこち旅をしたこともある仲でしたが、些細なことから絶交状態となり、20年以上の月日がたっていました。このままでは
いけないと思い電話をしたところ、奥様が大変喜ばれて「いつでもどうぞ」と言っていただいたのです。その時この伝道掲示板にどれだけ励まされたことか。
彼はアサギマダラの会(アサギマダラを調べる会)の古い会員で、調べたところアサギマダラの会創世期の頃に会報に寄稿する等、会の発展に寄与されたことが
分かっていたので、寄稿をお願いしたところ快く引き受けていただきました。原稿締切日など具体的に話を進める中で分かったことですが、パソコンは使わない、
不自由で字は書けない、(30年前の)ワープロがあるからプリントして渡すとのことでした。その時励まされたのがこの伝道掲示です。
しかし、原稿締切日に電話があって寄稿は実現しませんでした。この時気が付いたのですが、私がしようとしていたのは死ぬまでにしておきたいこと、つまり『死に支度』だったのです。
この日から意識しての死に支度が始まりました。
2月の伝道掲示板です。その頃は情熱を注いで録ってきた『夜明けの野鳥のコーラス・金田コレクション』を、整理してCD5枚に編集してお世話になった人に
差し上げることにしました。
また、アサギマダラの生活については多くの寄稿があり、このホームページにも数多くの仮説を掲載していますが、検証されないままに私の余命も尽きようとしています。
その中でもアサギマダラと風との関係は、今後も検証されないままに終わってしまうのは大変残念に思っています。
そこで、遅まきながら検証のための実験施設を造ることにしました。京都西山の大枝西長町の九社神社の裏の、使われなくなって20年ほど放置されている柿畑ですが、
竹だけでなくいろいろな樹木が茂ってお日さまを奪ってしまっているので、久し振りにチェンソーを借りてきて樹を伐ったり、ヤマグワで竹の根、樹の根などを取り除いて
畑を造ったり、鹿・イノシシなどの防獣設備を造ったり、給水施設を造って温暖化の夏に備えたりと、暇があれば毎日でも作業に出かけています。
ハードな仕事なので大汗をかいて、筋肉痛や関節炎などにも見舞われますが、気分は爽快でお腹が空き、夕飯がとても美味しいのです。それでいて体重は減ってあと1kgで
目標体重になります。努力をする人には神様もご褒美をくださるのですね。
病気治療中の私に、とんでもないことをそそのかしたのが、この伝道掲示でした。
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