***** 後期高齢者のブログ ( 2009 )*****
***75歳になりました***
今日から後期高齢者です。これからも、毎日毎日一日ずつトシをとって行くわけですが、毎朝、始業点検をして一日を始めるようにしなければなりません。
身体中あちこち痛んで (トシをとって) いるのが解かっているので、介護されるような健康状態にならないような生活を心掛けます。
しかし、やりたいことは沢山あります。スキーに始まって、山菜採り、バードウオッチング、虫捕り、キノコ採り、山歩き、写真遊びなどなど、年齢相応に体力の八分目を目安に、これからもガンバラないで続けてゆきたいです。
そのためだったら、お酒も止めます。タバコも飲みません。食事も簡素が良いです。ハードルは越えるのではなく、潜り抜けてクリアーする方を選びます。(2009.09)

***天から 75歳のお祝いに戴いた”舞茸”***。 こんな食べごろの舞茸は、探して見つかるものではありません。
人間ドック受診(2009.09.01)
公的制度で補助されるのは74歳までで、後期高齢者になると自費診療になるそうです。年一回の精密検診は予防医学的にも優れた制度だと思っておりましたが、4〜5万円もかかるとなると来年からは辛いですね。予防にお金を使って病気を少なくするのは、健康保険制度の財政的にもプラスになっていたと思うのですが、新しい政権に期待したいところです。
京都山歩会の会長で、96歳まで山歩きをしていた渡辺歩京さんは、たしか一週間入院のあと現役のまま亡くなられたと聞いています。私もそんな死に方がいいなと、渡辺歩京さんを羨ましく思っております。
とはあれ、郵便で届いた検査結果を見ると悪い数値はありません。体重は一年前よりも5kgも減って外歩きが大変楽になりました。リックの重量が5kg減ったのと同じことなので、身軽になったわけです。20代で、いくら歩いても疲れなかっ
た頃と同じ体重です。
***扇ノ山でアサギマダラ203頭(2009.09.08)***
コップ一杯、余分に水を飲んで寝るだけでいいのです。早めに寝ると、尿意が眠気を上回った時点で目が覚めます。目が覚めたらためらわずにすぐに出発するのが私の流儀です。朝2時に発車して、5時過ぎの夜明け前に目的地に着きました。扇ノ山(alt1309.9m)の東に広がる
畑ケ平高原農場の景観を観るのと、アサギマダラがいるようだったらマーキングもしようと出かけたのです。
夜明け前の高原農場は静まり返っておりました。今、京阪神では名前が知られている畑ケ平大根(ハタガナルダイコン)の収穫期の真っ最中で、現地泊り込みで早朝から夜も遅くまで作業が続いているのだそうです。その日は丁度週一の休日でした。見渡す限りの農場には建物や車、農業機械などもありましたが、人の気配は全くありません。昨日までの降雨の後、まだ雲は低く垂れ込めて遠くの山は見えませんでしたが、農場の周囲と農道の植生を見て回りました。
アサギマダラへの期待は完全に裏切られました。手入れが良過ぎるのです。年に3回以上も草刈がなされているのではないかと思われました。頻繁に草刈されるとヨツバヒヨドリやヒヨドリバナが絶えてしまいます。したがってアサギマダラもやってきません。地元の農業グループのチームワークと情熱が感じられました。畑ケ平高原でのアサギマダラはすぐに諦めて下山し、上山高原に登り直しました。
上山高原は、かっては広大な高原牧場でした。牛が居なくなって森に還った高原を、当時の草原に復元しようという活動が進められています。年に1〜2回、密生している笹や潅木を刈り取って、時には火入れや放牧も併用しながら、一面のススキの草原を再生しようという壮大な活動です。車で到着したのは7時前でした。時々ガスもやってくるし気温も低く(16℃)まだ早すぎてアサギマダラが出てくる時間ではないので、県境を越えて鳥取県側の国府町(河合高原)農場へ回りました。畑ケ平高原農場と違って段差のある畑があちらこちらに散らばっております。一昨年まではその中のまとまった畑で大根が作られておりましたが、どうした事情からか行き詰まったようで、今では耕作されずに放置されています。
アサギマダラにとってはこんな自然が良いのです。周りをブナの森に囲まれて林縁部や段差の法面には笹や潅木も生えて木陰を作り、ヨツバヒヨドリがびっしりと群落となって生えています。しかし、管理されなくなって五年も放置されたら、笹や潅木が生い茂ってヨツバヒヨドリは太陽の恵みが受けられなくなり、絶えてしまうでしょう。あと数年のアサギマダラの天国なのです。
8月半ばに訪れた時にはFさんと二人でおよそ500頭標識しました。150km以上離れたこんな遠くまでやってくるのは、びわ湖バレイからのアサギマダラを再捕獲するのが目的ですが、今回は幻に終わりました。「XX116 BV8/8」が捕まったのです。びわ湖バレイからやって来た私の標識したアサギマダラを、私自身が再捕獲したのですが、あまりの嬉しさとテレくささに、思わず「ほら!BVや!」と、隣に座っているFさんに見せようと手を差し出しました。ところがFさんが見た途端にそのアサギマダラは指の間から飛び立ってしまったのです。「確かに見た!BVと書いてあった!」とFさんは証言してくれました。忘れないうちに記録をとって帰宅後調べたら「XX116 BV8/8」はなんと!、前日にびわ湖バレイで二人の人に再捕獲されているのが分かりました。一日のうちに138kmも移動したことになり、こんな重大なことは写真などのちゃんとした証拠または証人なしには発表できません。それで泣く泣く幻と認めることにしました。私の手足は早くから軽く痺れがあり、おまけに5本の指がバネ指で不自由しているのです。
8月末に訪れた時には、朝からガスがかかり、昼ごろには雨になりました。二人で50頭ほどでしたが、いくら環境が良くてもアサギマダラは天気次第です。こんな日には森から出てきません。
9月8日の続きです。9時頃上山高原に戻りました。ガスも消えて時々陽も射し、気温も20℃を上回って絶好のコンディションです。初夏に刈られた谷間には、芯を止められて遅れて伸びてきたヨツバヒヨドリが一面に咲いており、沢山のアサギマダラが飛んでいるのが見渡せました。ただ夢中で網を振り、マーキングしては放蝶を繰り返すうちについに200頭を越えました。13時20分でしたがアサギマダラの姿が消えました。雲が厚くなり今にも降りそうな空模様です。ガスもかかってきました。予想されたことでしたが、つかの間の幸運でした。諦めて下山した頃から雨が降り始めました。

***良く効く粉山椒(2009.09.28)***
Nさんのblogに、自家製の粉山椒が紹介されています。それを読むまでは、山椒の新芽は蕾とともに四月半ばに、そして実は六月の梅雨までに採取するものだとばかり思っておりました。今年も新芽の花山椒は500gぐらいを佃煮に、実は3kgぐらいありましたが、一部を冷凍して煮炊きに使っています。
Nさんの採取時期は九月なのです。幸運にも息子の住む丹波の家の裏山に山椒の樹が見つかり、両手に受け切れないほどの赤く熟した実が採取できました。早速ザルに広げて天日で干したら、その日を待っていたみたいに小さな実がパクリと口を開いて、中から黒くて艶のある種子が飛び出してきました。その皮の小片を口に入れて噛んでみました。口中に香気が篭り、間もなくジワーッと辛味が走ります。辛味は時間とともに更に強くなり、舌もほほもぴりぴりと痙攣するぐらい良く効くことが分かりました。
粉山椒には、実の皮の部分だけを使います。動きづらくなった指先で、皮と種子やゴミなどをより分けるのは大変根気のいる仕事です。より分けて掃除した皮を更に干しあげて、天気の良い乾いた日に電動ミルで粉砕して、小袋またはフィルムケースなどに小分けにして冷凍保存します。
Nさんは、白菜の漬物に振りかけて頂くのが最高だと書いています。うなぎ丼も蒲焼も、自家製の粉山椒を振りかけたら、一段と香気や辛味が増して美味しくいただけるような気がします。白菜の漬物の季節が待たれます。
Wikipediaによれば、英名はJapanese pepperとあり、日本を代表する香辛料であることが分かります。また、『熟した実の皮の乾燥粉末(粉山椒)は、香味料としてうなぎの蒲焼の臭味消し、味噌汁の香付け、七味唐辛子の材料として用いられる。菓子への利用では、五平餅に塗る甘辛のたれや、山椒あられ、スナック菓子のほか、甘い餅菓子の山椒餅(切り山椒)がある。』とあります。
山椒を使った多くの食品は、山椒好きな人には香りも辛味も物足りないものです。そこで自家製の粉山椒の出番です。個人の好みに合わせて追加して使うのが良いでしょう。例えば、京都ではちりめん山椒が好まれますが、小皿に取り分けて好みに合わせて粉山椒をブレンドして戴くなど、いかがでしょうか。
加工するときには、山椒を触った手で目などを擦らないで下さい。炎症を起こすことがあります。皮膚の弱い人は、ゴム手袋をして取り扱うのが良いでしょう。素手で水洗いしたところ、皮膚にぴりぴりと感じました。(私の体験から)
***早く出たナメコ(2009.10.31)***
9月から10月にかけてのアサギマダラが京都近辺を通過する時期が終わった頃、この秋はナメコが早く出そうだという情報が入ってきました。山の一人歩きが出来なくなった私は、弟を誘って近江と若狭の国境の尾根に出かけました。
5時半に家を出て途中で弟と合流し、車一台に乗り換えて峠の登り坂にかかったのが7時半ぐらいでした。今日は移動性高気圧が近畿地方を覆い、昨夜から晴天なので放射冷却で霧海(雲海)が見られる気象なのです。始まった紅葉と組み合わせての写真狙いなのですが、あまりにも多くのカメラマンに出遭って驚きました。眼下には霧海の景観が広がり、紅葉も始まっていて神戸や大阪ナンバーの車が多かった理由が分かりました。恐らく3時か4時には出発して夜明け前にここについて、日の出を撮り、霧海を写して夜明けの情景を満喫したのでしょう。

峠には地元ナンバーのトラックが2台来ており、お年寄りが3人と犬が1匹日向ぼつこしておりました。身支度を整え出かけようとした頃声をかけてきました。
「手網で何を捕るんや?」水の無い峠で手網を持っているので不審に思ったのは当然です。「ナメコ採りに来たんやけどなあ、まだ出とらんやろか」と返事すると、それでもまだ手網とナメコの関係が分からんらしく「手網でナメコか、ほんでもまだ2週間は早いで」と返ってきました。「手も指も不自由になってしもうてなあ、採ったナメコがぼろぼろこぼれて落ちるんや、それに今日は下見や、何時頃来たらええか見とかんとなあ・・・」ようやく納得した3人と別れて山に入りました。
下草も笹もみんな鹿に食われて、すっとんとんに歩きやすくなったブナの森をミズナラの枯れ木を見ながら勝手気ままに歩きます。「ヘーイ!、あったぞう」弟が叫びます。違うルートを歩いていた私も「こっちにもあるぞう!」とはしゃぎます。晴天続きなので出ているとは思っていなかっただけに心が弾みます。幼菌は残してナイフで丁寧に切り採って手網のなかに落としこんで採取します。時々老菌も見られるほどナメコの発生は進んでおり、今が盛期であることが分かりました。3時間もしないうちにリツクはナメコで一杯になり、私は一足先に車の元に帰ってまいりました。

帰って来た峠の、見晴らしの良い台地には野鳥カメラマンが大きな望遠レンズでカメラを構えておりました。歩きながら「ハイタカ」と指差したら、あわててレンズを向けてシャッターを落とす音が聞こえました。握り飯を頬張りながら近づいて「イヌワシは出ましたか?」と聞いたら「今日は出てません」とのことでしたが、この尾根はイヌワシのポイントでもあります。
ナメコはぬめぬめして、泥、コケ、木の葉、樹皮などがいっぱい付くので、そのままでは他人には上げられないものですが、ここ一週間も晴天が続いたので今日のナメコは、からからに乾いており清潔です。帰り道にそのまま2軒配って、帰宅後も東北出身のお年寄り中心に数軒に配りました。東北地方の人を「キノコ民族」と呼んだ人がありましたが、マイタケやナメコを手にすると血が騒ぐようで、とても喜んでくれます。私の両親もそうでしたが亡くなって十数年にもなりました。私たち兄弟にも「キノコ民族」の血が流れているようです。
手足が不自由になった話は前にも書きましたが、去年の視覚野に起こった脳梗塞で、目も不自由になりました。脳外科にも見放され、眼科にも「そんな症状は聞いたことが有りません」と言われてしまいました。片目ずつ調べると全く異常はないのですが、左右の目で見えるものの大きさが違うのです。半眼で見ているときには全く支障はないのですが、テレビ、新聞、本などを良く見ようと目をこらすと、とても疲れて頭痛まで伴うのです。左右の映像を脳内で合成するときに起こるものらしく、馴れにより大分楽にはなりましたが、双眼鏡を使う時にはどうにもなりません。それでおかしな話ですが、双眼鏡を覗く時には片目を瞑って見ないと映像が混乱して良く見えないのです。『片目を瞑って双眼鏡を覗いて』のキノコ探しでした。
***アサギマダラを訊ねて2泊3日・四国の旅(2009.11.6〜8)***
11月6日、室戸スカイラインのアサギマダラはボロボロの「もう海は渡れまい」と思われる個体が大半を占めており、再捕獲は和歌山の1件を除いて徳島県および高知県のものでした。
11月7日、大月町大堂では超新鮮なものがほとんどで、付近で羽化したものかと思われ、再捕獲はありませんでした。
11月8日、大月町大堂では超新鮮なものがほとんどでしたが、鮮度中程度のものも含まれるようになり、再捕獲も3件ありました。
地元の本山さんによれば、今年は非常に少ない、去年の20〜30分の1だということでした。橋越さんも全然いないと嘆いておられました。
話は変わりますが、今年は10月一杯は順調な気温の推移を見せておりましたが、11月2日から4日にかけて寒波がやってきてアサギマダラの南下移動にも少なからぬ影響を与えたものと思われます。すなわち気温の低下に伴い山地伝いに南へ西へと棲息高度を下げていたものが、突然の気温の低下により、進路を南に変え海岸に出て、元気なものは海へと旅立ったものかと想像しています。
3日間のデータを概略記します。
11月6日(14時まで)捕獲数199頭、内♂154頭、♀44頭(既交尾42頭)、他地再捕獲7頭、現地再捕獲12頭
11月7日捕獲数57頭、内♂40頭、♀17頭(既交尾13頭)、他地再捕獲0頭、現地再捕獲4頭
11月8日14時まで、捕獲数56頭、内♂43頭、♀13頭(既交尾13頭)、他地再捕獲3頭、現地再捕獲4頭
(2009.11.09)
***天然なめこの美味しい食べ方 (2009.11.16)***
なめこは元来北国のキノコで、低温多湿な環境で発生します。枯れたミズナラやブナの樹に生えますが、枯れた木を土に還す役目を担っています。
日本海側の山地に侵入したカシノナガキクイムシによる楢枯れ病は、約20年ほど前に山形県で確認されて以来、本州の日本海側全域に蔓延し、京都北部の芦生の森には2000年に確認されました。それ以来列島中心部に侵攻を続けておりますが、なめこが発生するのは枯死後5年ぐらいからで、しかも低温多湿な風が吹く北向きの500〜1000mの山域に限られます。
この近くでは、京都府・滋賀県などの福井県側の険しい山腹や谷に大発生しておりますが、食べごろの期間は3日間ほどしかないのでなめこが生えている樹30本に一本ぐらいしか採取できません。10月中旬から雪が積もる頃までキノコ採りは山に通います。その他、ヒラタケ、ムキタケ、シイタケなどが採れることもあります。
なめこ料理の秘訣は煮過ぎないこと、ぐらぐらと煮立ったら火を止めます。天然なめこの美味しさは、歯ざわりと歯ごたえ、それに噛んだら出てくるあの特有のぬめりです。煮すぎたらぬめりが出てしまい、歯ごたえも失われてしまいます。
なめこ汁 だしをとって豆腐を入れ、煮立ったら味噌を溶いて沸騰させ、鍋の面一面になるぐらいのなめこを入れ、泡が一面に出たら火を止め、すぐにいただきます。くれぐれも煮すぎてはいけません。味噌は赤だし30%ぐらいにします。
なめこ鍋 白菜、水菜、春菊などと豆腐、鶏肉など淡白な食材が合います。なめこは食べる直前に入れ、煮すぎないようにして召し上がって下さい。
なめこのおろしあえ 短時間煮立たせて火を止め、水洗いして水を切ります。茶碗に適量をとり、おろしをたっぷりとかけてポン酢などでいただきます。
保存方法 冷凍してはいけません。冷蔵室で保存して下さい。10日間ぐらいのうちに召し上がって下さい。冷凍すると細胞膜が破壊され、なめこ特有の歯ごたえ、歯ざわりが失われます。長期保存すると胞子が出て来て黴臭くなることがありますが、この方はぬるま湯で洗い流せばまだ食べられます。
東北地方の人をキノコ民族だと言った人がありましたが、私にもキノコ民族の血が流れているようで、キノコを見ると血が騒ぎます。
***いよいよ スキーシーズン (2009.11.28)***
2泊3日の桂病院の治療から帰宅したところです。これで12月からのスキーシーズンを迎える準備が総て整いました。30年ほど前に見つかっていた腎嚢泡が年々大きくなって、今年の人間ドックではソフトボールぐらいの大きさまで成長(?)していて強いショツクで破裂する危険性があると警告されておりました。
主治医の野々村先生は5年前に私の前立腺ガンを処置して下さいましたが、有名な先生だそうで、先日外来受診のため朝早くから並んで13番目に診察券を入れたら泌尿器科の7番でした。桂病院の看板的な存在なんだなと改めてそんな名医に診療してもらえる幸運を喜んだものでした。
腎嚢泡の溜まった体液を注射針で抜き取る処置なので、痛みもなく短時間で終わりました。2時間安静の後は何をしても構わないとのことなので、天気が回復したらもう一度ナメコ採りに出かけようと準備しています。もう、木や崖から落ちても右腹を抑えて『 大丈夫だったかな ? 』と気にしなくても良くなったわけです。
さて、いよいよスキーシーズンです。先日スキーの O B 会でFさんは『 これまでは自家用車に分乗して例会に出かけていたが、今シーズンからはマイクロバスをチャーターして出かける方法を検討したい 』と提案してくれました。私も数年前から年齢相応に乗せてもらえる方法を望んでいたので、大変有難い事だと賛同しております。もう一つの提案は『 ゆっくり滑って衝突される危険を心配するよりも、高速で滑って自ら危険を回避するほうが安全だ 』というものでした。ワールドカップにも出場したFさんは当然ですし、私にも異存はないのですが、他のメンバーからはコメントがありませんでした。
初滑りまでには農作業のお手伝いやキノコ採りなどの仕事をこなさなければなりません。それらは総てトレーニングに結びつき実益を兼ねており、喜んでくれる人もあります。積雪便りが待たれます。(2009.11.28)