アサギマダラの雄は、ピロリジジン・アルカロイド( PA と略記する)を含む植物に強く誘引されることが知られている。
『旅をする蝶・アサギマダラ』(むし社・2003年・P118〜P126・本田計一)には「PAはキク科やムラサキ科などの植物にしばしば含まれ、その他一部のマメ科やキョウチクトウ科など、14科70近い属の植物からその存在が報告されています。」「しかしPAを摂取しないとこれらが生成されないことなどから、PAは性フェロモンの前駆物質(体内での生合成の直接の原料)としてオスには欠くべからざる物質と考えられています。」とある。また、同じ文中に、アサギマダラの雄は成虫になってから、それらの植物からPAを摂取することや、自己防御物質(外敵から身を守る)としてのPAの作用、配偶行動とPAの関係など詳しく解説されている。
『昆虫と自然』(ニューサイエンス社・2007年1月号・P15〜P18・本田計一・本田保之)には、「アサギマダラの成虫は・・・ヨツバヒヨドリなど数種の特定の花には好んで飛来し、しばしば大集団をなす。このような花への執着は尋常ではなく、日照の強い(気温の高い)時刻や場所を避けて朝から夕刻までほとんど終日、吸蜜に余念のない姿が観察される。これも既によく知られているように、このような花の蜜にはPAが含まれていると考えられている。」「アサギマダラに大変好まれる花としては、他にヤマヒヨドリ、ミズヒマワリ、スイゼンジナ、スナビキソウ、フジバカマなどが知られているが、PAの存在が確認されているのはヨツバヒヨドリとミズヒマワリの2種のみである。」として、この分野の研究が進んでいないことを述べた上で、豊富な観察例を報告している。
Wikipedia によれば、「フェロモンは、動物または微生物が体内で生成して体外に分泌後、同種の他の個体に一定の行動や発育の変化を促す生理活性物質である。」「フェロモンは、蛾の雌が雄を誘引する様がファーブルの『昆虫記』にも記されており、その存在は当時から推測されていた。」とあり、分類群との関連・フェロモンの種類等についても言及している。
近畿から中国地方では、初夏の頃は海岸部ではスナビキソウや、山上の草原ではヨツバヒヨドリの新芽にアサギマダラが口吻を伸ばして吸汁する姿がごく普通に観察されてきた。また、夏から秋にかけては、びわ湖バレイ・比良山スキー場・氷ノ山および扇ノ山などで、ヨツバヒヨドリの花で吸蜜するアサギマダラの大群がしばしば観察されたものであるが、ヨツバヒヨドリ群落の消滅とともに、アサギマダラが顕著に減少した。秋も深まった頃、京都市西部の神社や寺院のフジバカマに群れる、500頭を越えるアサギマダラを観察した年もあったし、高槻市の芥川では、ミズヒマワリの花を訪れる数百のアサギマダラが観察された秋もあった。
アサギマダラは、どのような方法でこれらの植物に辿り着くのだろうか。PAの効果を抜きにしては考察が成り立たないのである。
PAには揮発性があり、花の香りなどとは比較出来ないほど希薄な濃度でも感知されるらしい。先に挙げた植物はしばしば群落をなし、植物体から分泌されたPAは、風によって遥か遠くまで円錐形に広がりながら放散されることだろう。その感知される距離がどれほどのものなのか、恐らくアサギマダラの長距離移動を左右するほどの規模なのではないだろうか。
アサギマダラ・マーキング調査や分析で知られる、栗田昌裕さんが主宰する
SRSメールマガジン第47号から引用すると、「たくさんの花が咲いているあたりには、PAの独特の香りがただよっている」とある。私には花の香りとPAを区別することは出来ないでいるが、体験できたら面白いと思っている。
アサギマダラはPAに対してだけでなく、嗅覚も優れている。風のある日に捕虫網を持って風上から近寄ると、ほぼ間違いなく逃げられる。星野道夫が「白熊は50kmも遠くのアザラシの臭いを嗅ぎつける」と書いていたのを記憶している。アサギマダラが海上で陽が暮れて島が見えなくなっても、海の匂いと島の匂いを嗅ぎ分けるのは、そう難しいことでは無いような気がするのである。